九つの、物語




たまたま読んだ物語の中にわたしがいた。ああ小説とは、と思った。どこかの誰かが書いただけの話。まったくの作り物。それがなぜか、絶妙のタイミングで、わたしたちの心に飛び込んでくる。

あらすじ

大切な人を、自分の心を取り戻す再生の物語
大学生のゆきなのもとに突然現われた、もういるはずのない兄。奇妙で心地よい二人の生活は、しかし永遠には続かなかった。母からの手紙が失われた記憶を蘇らせ、ゆきなの心は壊れていく…。

感想
半分の月がのぼる空』で有名となり一般小説へと羽ばたいた橋本紡さんの本です。文庫化ということで読んでみたら、これまた素晴らしい物語でした。
タイトルの元ネタはサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』かな?恥ずかしながら、サリンジャーライ麦すら読んだことがないのでわかりません。
佐藤友哉さんとかも影響を受けているらしいから読んでみたいのだけれども・・・。
そんで『九つの、物語』の話。
橋本紡さんの本を最後に読んだのは『空色ヒッチハイカー』以来。あれは素晴らしい青春小説だったけれど、今回のこれは青春小説ではなく、恋愛小説っぽい感じがしました。
最初の印象は桜庭一樹の『荒野』。
とにかく目を惹くのは文章の美しさ。どこまで文章は綺麗に美しくなれるかの実験みたいだった。九つの文学作品を通して主人公、ゆきなは様々な感想を抱くんだけど、そこもすごく良かった。
是非、本が好きな人に読んでほしい。

しばらく読んだところで、わたしは膝に本を置いた。本の読み方も、だんだん変わってきた。昔は夢中になって、最後まで一気に読んでいた。早く読めることを誇ったりした。けれど今は、あえて時間をかける。断片を拾うように文字を追う。たとえ記されていなくても、確かに伝わってくることがあるのだ。

岩屋に閉じ込められた山椒魚と蛙に、わたしは自らの気持ちを重ねてきた。そして、作品の中に、答えを求めようとした。けれど、それは勝手な願いにすぎなかったのだ。小説であれ、空の月であれ、吹き抜けていく風であれ、ただ在るだけだ。意味を与えるのは、読んだり見たり、あるいは感じたりするわたしたち自身だった。